Nadi | Kyoto Kitayama Outdoor & Studio Fitness Club

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スタッフブログ

伝わる?

2017.05.01 / Category: Blog, インタビュー, ヨガ

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先日アシュタンガヨガを担当しているYOKO.T先生にインタビューさせていただきました!

テーマは、「子育てとヨガについて」熱く語って頂きました。

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面白いのことに、

話して、伝わる事

メールで、伝わる事

伝え方が違うと、意味合いやニュアンスがころころと変わってくる。

相手とのキャッチボールを重ねるうちに、背景や人物像、思考やモノの見方などが鮮明に見えてくる。

 

「伝わった!」と感じても、本当に伝わったかどうかなんて、目に見えて分かる訳でもなく。

ボールを投げ合い続けるのは作業にすぎず、雲や、海のように姿形を変える感覚の変化が、成長の糧のような。

 

さて、内容については近日公開ということで。

来月は、そんなアシュタンガヨガ大好きYOKO.TのスペシャルWSが開催されます!

詳しくはこちら

 

多くの気づきをゲットしましょう◎

 

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Nadiインタビュー VOL.3 MIKI.N

2016.06.27 / Category: Blog, インタビュー

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Nadiインタビュー VOL.3 MIKI.N  ×  聞き手:YUKINO(Nadiスタッフ)

 

このコーナーでは、Nadiに所属している先生にインタビューをし、

普段のレッスンではなかなか聞くことのできない、先生の内面や人間性に触れていきます。

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いつも若々しく、ユーモラスで謙虚な姿勢が印象的なMIKI.N先生。

ヨガと踊り。そしてインドの話。色んな顔を持つ先生には、聞きたい事が山積みの時間でした。

 

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YUKINO(以下Y) 「先生がそもそも、踊りやヨガを始めたきっかけはなんだったんですか?」

 

MIKI.N(以下M) 「基本的にヨガもインド舞踊も元々はカラダを鍛えるために始めました。始めは、どっちにしようかどうしようか迷ったんだけど、インド舞踊の方が楽しそうと思って。8年くらいインド舞踊の研究所に通っていました。

ただ、これではカラダが鍛えられるかもしれないけど、もっと健康にと思ったんです。その当時研究所にはヨガの先生も結構習いに来られていたんですよ。そのお1人について習いました。踊りのためにも。カラダのゆがみを治すためにも。踊りだけでは身体を整えるのが難しいかと。」

 

Y 「なるほど~。小さい頃はどんな感じだったんですか?」

 

M 「動くのは嫌いで、体育が嫌いでした。劣等感の塊ですよ(笑)」

 

Y 「え!そうだったんですか?」

 

M 「そう。でも、4歳ぐらいの頃にバレエをちょっとだけ習ったんです。田舎だったから父親が遠方から先生を呼んでくれてて。みんなでやってたんです。6ヶ月くらいだったんだけど。やっぱりそれが楽しかったんです。

その経験もあって、働き始めたころ、バレエを習いたかったんです。

だけど、敷居高くて。今ならバレエもフィットネスの感じで気軽に出来るじゃないですか。当時はちっちゃいころからバレリーナに憧れる子が習うようなイメージで。まあ時代が違うんですけど。だからもう、教室を尋ねる勇気もなくて。

で、このインド舞踊も『二十歳過ぎてるけどいいですか~?』って聞いたら「どうぞ!」って言われて。それで行ったら、小さい子もいたり、年上の人もいたりで、楽しそうだった。それからズルズルと・・・(笑)」

 

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Y 「バレエがきっかけだったんですね~」

 

M 「仕事も座り仕事であまり動かないし、『何かしないと!』って思って。ヨガは1981年頃からかな。習っていた時は、教える気持ちは全くないから、自分のカラダのためにしてました。ヨガもインド舞踊もどちらもインドに繋がっている。私のヨガの先生はインドが好きで、踊りも好きな方でした。その先生に、9年くらいヨガを習ってたかな。インド行く前から始めたから・・・」

 

Y 「先生がインドに行ったのは踊りのために?」

 

M 「そう。インドは踊りのために。1990年に行きました。25年、あっと言う間だったのよ。」

 

Y 「1990年代のインドって想像できない。」

 

M 「でも、1990年代のインドでも、1980年代にインドへ行った人からは、『もーだめだよ、ニューデリーは。都会過ぎていてインドではない。(インドらしくないという意味)』って言われてたの。インドの話になると熱が入るんだけど、1990年の時はインドは鎖国状態というか、出来るだけ国産のものだけでいこうとしてる状態だから、高い税金のかかる輸入物はかなり少ないっていう時代。クリスマスとかバレンタインもメジャーではなかった。

初めてのインド滞在中は中東で湾岸戦争がおこった年だったので、その影響でインドへの観光客も少なかった。次の年にラジーヴ・ガンディー元首相の暗殺もあってビックリしたのを覚えています。どんどん物価も上がっていったし。その後、インドへ行くたびに輸入の関税も少なくなって日本車も増えて、日本食も結構食べられるようになり、国際電話も手軽に繋がるようになり、電話が携帯になりという歴史を見てしまいました。インドについてだと、そんな感じかな。」

 

Y 「そんな時代にインドに行こうと思うのが凄いな。」

 

M 「インド舞踊やってるときに、泊まり込みで沖縄から京都に来てる人がいたの。『なんでこんな遠いとこまで来てるの~?!』って聞いたら、『ここで学べなかったら次はインド行こうと思ってる』っていわはって。『えええ~!』ってビックリ。そんなん私にはできへんと思ってるのに、その言葉が衝撃的で、何か、心に残ってたのかな。

それで、結局8年くらいで研究所を辞めたんですよ。辞めてぼんやりしてたら、だんだん太ももとかが痩せてきてね。『やっぱり踊らないとアカンよな~』と思って。先生もいないから、友達と練習してたんだけど、『やっぱりインドかな~?』と思って。」

 

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Y 「そんな出会いがあったんですね~。習いだして、舞台に立つようになったきっかけはあるんですか?」

 

M 「インド留学中に、フェスティバルで踊らないかと言われて。1991年にそのフェスに出て、留学の締めくくりに先生に勧められて1992年にデビュー公演もやりました。それで日本に帰って来たんです。帰っても、教えてもらった恩があるような感じが残って。ほとんど一対一で丁寧に教えて頂いたしね。少し違うニュアンスだったと思うのですが『これでやって行きなさい』て言われたの。それはどういう意味か?当時はぼんやりしてた。自分の中では日本に帰ったらまた仕事をして、趣味で踊ろうと思っていたから。」

 

Y 「なるほど。じゃあ、そこから指導する立場になったきっかけは?」

 

M 「インド舞踊は、場所を借りて自主練習していたんだけど、丁度その頃「教えて下さい」って尋ねて来られた方がいて。そしてその方がチラシを作って広めてくれたんです。

ヨガの方は、先生に『もう教えたら~』と言われて。そしたら、近所の方が教えて~って。いつもそんな感じ。『えー』とか言いながらね。今はヨガのクラスはNadiだけなんです。インド舞踊エクササイズは他でもやってるんだけどね。シニア向けに、ヨガと踊りをミックスさせたような。本当はヨガがしたかったんですけど、その時はもうすでにクラスがあったので、何か他に考えてって感じで。」

 

Y 「MIKI先生のオリジナルなんですね!インド舞踊エクササイズって!」

 

M 「う~ん。学んだ事をアレンジしているだけ。大したことないですよ(笑)」

 

Y 「ちなみに、インド舞踊って男の人も踊るんですか?」

 

M 「私は男の先生に習っています。男女おんなじように踊るんです。男の人も女性の仕草がありますし、女の人が男の人っぽい力強い動きをする踊りもあります。「オディッシィ」に関しては男女同じです。珍しいでしょ?インド舞踊でも、他の国の踊りでも男女で踊り方が違ったりすることもあるけど、オディッシィはおんなじなんです。私の考えだけど、舞台上の自分の立ち位置は中性のラインでいる気がする。踊る演目によって女性になったり、男性になったり。衣装も基本的には特別役柄で変えたりとかしないです。」

 

Y 「踊りにはストーリーがあるんですか?」

 

M 「ストーリーもあるし、そうじゃないのもある。今、古典は8種類くらいある。最初は4つだったんだけど、どんどん増えてるの。それが重要文化財とかと同じで、古典っていうふうに政府が認定するんですが、芸術性が高いとかあるレベルまで達していないと難しいです。私の踊っているオディッシィも最初古典には入ってなかったの。その後古典に認定されたんです。」

 

Y 「踊りの師匠はずっと一緒なんですか?」

 

M 「私は一緒です。先生はもう70歳越えてる。」

 

Y 「そうなんですね!正直、先生の中でヨガよりも、インド舞踊の方が好きですか?」

 

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M 「そうですね。やっぱり経験値的にインド舞踊の方が高いですし。ヨガはそれを補足する、自分の健康のためにやってきた要素の方が強いので。だから、未熟な部分があると思う。いや、どっちも未熟なんだけど!

人に指導して教える事に関しては、若干ヨガの方がまだまだ。初心者の方に伝える事はできても、奥深いヨーガというものをほんとに指導出来る立場かどうかは大きな『?』がつきますね。技術的な事を伝えたり、Nadiでは特に健康になってもらったり、やってて気持ちいいなと思ってもらえるようにやってますけど、ヨガの神髄としてはもう少し違うところにあるんではないかなと思うんです。」

 

Y 「ヨガの神髄・・・」

 

M 「そこらへんは、私のような者ではおこがましいような感じなんですよ。なんだろ。サドゥーとかね、インドではお坊さん(行者、聖職者等)がやってたイメージがすごくあるので。アメリカからきたヨガとインドのヨガとちょっと違う気がして。

私の中でヨガと言えば、インドのヨガ行者的な感じがあるんです。行者っていうと精神世界になるので・・・カラダを整えて尚且つ精神を上に保つような。だから、私の様な煩悩にまみれている人にはちょっと難しいなと思いますよね。(笑)」

 

Y 「いえいえ、そんな事はないと思いますが!ただ、先生の中ではやっぱり健康になるためっていう要素が大きいイメージです。」

 

M 「はい。そうですね。Nadiでは、皆さんにヨガを好きになってもらえたら嬉しいし、そしてまた次のランクにいってもらえたら・・・というような。導入の部分で、まずカラダを整える事をしています。」

 

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Y 「では、ヨガをやってて良かったと思う事は?」

 

M 「やっぱり、蓄積だと思っていて。ヨガやっててすごく良かった!素敵!というようなことじゃなくて・・・。じわじわ~っと何か変わって来たな~。というような感覚。劇的な変化っていうのは、そんなに・・・。怠けているからかな(笑)前まで息がすごく浅かったのに、何だか深くなってる気がする。みたいな感じ。」

 

Y 「インド舞踊とヨガっていう比較対象があるが故に、両方を客観的にを見れてるんですね。」

 

M 「いやそんな事は・・・全体にまだまだですよ~。怠けてると思うよ~。ただ、自分の中では一生懸命やってるつもりなんだけど、『頑張りました!』っていう感じは今までずっとない。ちょっと抑えぎみにはしてるのかな。そうじゃないとカラダを壊すとか、色々あって。

無理ない範囲でって、生徒さんにはいつも言うんだけど、本当はそれがものすごい難しいかもね。元々カラダ弱いからコレ全部始めたんだけど、その劣等感があったから今まで続けることになったのかな。」

 

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2015年で踊りの方は一区切りされたみたいで、今までよりもマイペースに進められるそうです。

自分の役割をもっと見直すと、笑顔でお話して下さったMIKI.N先生。

どんな時も謙虚な姿勢を忘れずに過ごされていて、本当に尊敬します!!

ちなみに、7月8日オープンクラスにてMIKI.N先生のインド舞踊が見れますよ!ぜひご参加くださいませ(^^)

 

 

Profile

生年月日: 申年

クラス名・時間: 【金曜日13:00~ 「やさしいヨガ」】

好きな食べ物: 特になし

座右の銘: 特になし

Nadiインタビュー VOL.2 TOMI

2016.06.10 / Category: インタビュー

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Nadiインタビュー VOL.2 TOMI  ×  聞き手:YUKINO(Nadiスタッフ)

『先生に聞いてみました!』

このコーナーでは、Nadiに所属している先生にインタビューをし、

普段のレッスンではなかなか聞くことのできない、先生の内面や人間性に触れていきます。

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インタビュー第二弾は、先日(3/22)34歳の誕生日を迎えたTOMI先生。

中国の修行から帰って来られ、エネルギーで溢れつつも、冷静で穏やかな雰囲気は相変わらず。

TOMI先生のパーソナリティはもちろん、過酷な修行話や、太極拳の魅力についてもお聞きしました!

 

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Y 「早速ですが、TOMI先生が太極拳に出会ったきっかけって何だったんですか?」

 

T 「まず20歳の時から坐禅に通っていたことがきっかけかな?その老師が武術が好きで「ジャグリング(大道芸)してる」と話したら、いっぱい武術の話をしてくれて。「なんかそれ、興味ある」って思って、そこで太極拳の道に興味を持ったのが始まりです。」

 

Y 「それからすぐに太極拳を習いに中国へ行ったんですか?」

 

T 「24歳でインド旅行(バックパッカー)して、帰って来て、次どうしようかな?と思っていたら、あ、太極拳だ!と思って中国に行きました。一番最初に中国に行ったときは3ヶ月間くらいで、この時から太極拳を習い始めました。一旦帰って、バイトして貯めて、また中国の繰り返しです。最初の3ヶ月行った時に、好きな子もできたし、面白いし、こりゃいいや!と思って、その後4年間も中国にいた。

その間は太極拳の練習をしながら、東南アジアをぐるっと回ったり、たまに日本に帰ってきたりを繰り返しながら、ほぼ中国にいましたね。」

 

Y 「バックパッカーもされていたんですね!ぜひ中国での話を聞かせてください」

 

T 「まずは中国のバックパッカーが集まる山(雲南省大理)へ行きました。最初何も知らずに中国に行くでしょ?行けば太極拳の先生いるだろうと思って行ったら、案の定いて。その辺の外国人の女の子に聞いたら「上の山にいるよ」って言われて。(その子と後で付き合うんだけど。それはいいとして(笑))彼女と40分かけて登ったら山のマスターがいて、僕と同じ髪の毛の長い男性が山に一人で暮らしていたんだ。その男性に『太極拳やりたいです』と言って入門しました。」

 

Y 「流れのままですね!(笑)」

 

T 「そうかな。その時中国語も英語も出来なかったけど、そこで一緒に3ヶ月間暮らしました。たまにゲストが来るくらいで、ほとんど2人きり。やることといえば、朝起きて、太極拳の練習。昼飯はマスターが作ってくれて、僕が皿洗いをして。「お前だけだよ、皿洗いをしてくれるのは」っていつも言われた。(笑)

そのあとは昼寝をして、太極拳の練習。夜はフリーで、マスターは街に降りて酒を飲みに行ったり、僕とマスターと2人で行ったりして。でもどれだけ飲んでも、ちゃんと40分かけて山を登って、ちゃんと次の日は朝絶対起きるんだよね。マスターは結構のむし、調子に乗ってお店でカンフーとか披露しちゃう感じ。

一緒に買い物行って1週間分の食料を背中のカゴに入れて、山を登る。そのときも、『お前だけだよ、荷物を運んでくれるのは』って。(笑)その間に、実はハタヨガのTOSHI先生と出会いました。」

 

Y 「へぇ~!」

 

T 「TOSHI先生との出会い話はまた次回にしようか。(笑)その後、マスターはアメリカ人と結婚して、アメリカへ行っちゃった。今はアメリカで結構有名なマスターになってます。僕はマスター不在になったから、その間は一人で練習していました。」

 

Y 「太極拳って、一人でも練習できるんですね」

 

T 「型を覚えれば1人で練習できるよ。1人目のマスターがいなくなって、2~3年くらい1人で練習してたんだけど、でもやっぱり、もう少し学びたいと思って、2人目のマスターに習い始めました。何でそう思ったかといったら、その街に、少林寺から降りてきた外国人の女の子がいて、その子のことが好きになったんだよね。その子すごいから!俺もちゃんと学ばないと!って思って(笑)」

 

Y 「女の子がきっかけじゃないですか!(笑)」

 

T 「そう。(笑)それで新しいマスターを探そうと思って最初のマスターにメールしたら、そのマスターが若いころにずっと修行した山(武当山)を紹介してくれて、師兄弟がいるから、そこに行けと。」

 

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Y 「2回目の修行の時はどうだった?」

 

T 「この武当山ではめちゃめちゃ修行でした。そこではマスターが自分で武術館を持っていたんだ。中国人の生徒(15,6歳)が2~30人くらいと、外国人が2~3人の全部で30人くらいの小さな学校。『太極拳やりたいです』と申しでたけど、なかなか教えてもらえなかった。まずは若者と一緒に1日のスケジュールに沿って行動することから始まる。

『カンカンカンカンカン!!』って鐘の音で朝は4時に起きて、2キロのランニング。そうすると、次はトレーニング。蛙飛び、アヒル歩き、ジャンプ、ケンケン、ダッシュ。50mくらいのグラウンドあるんだけど、それを2時間やって。それから6時くらいに朝ごはんで、8時ぐらいから練習。」

 

Y 「ひゃ~!それは朝から過酷ですね!で、ようやく8時からは太極拳をするんですか?」

 

T 「まだ。次はキックの練習。これも2時間くらい。それも50mのグラウンドを行ったり来たり。」

 

Y 「太極拳は型の前にキックの練習なんですね」

 

T 「若者は気に溢れているから、太極拳をしない。カンフーばっかり。全部で言ったら36種類のキックがあるんだけど、練習では12種類くらいかな。その後10時から休憩。それで11時くらいからお昼。そしたら15時まで昼寝。長いでしょ?(笑)太陽ガンガン出てる時は暑いから、やらない。15時から17時までは、各自やってる型の練習。」

 

Y 「自主練のような?」

 

T 「それもね、一応コーチがついてて、一番進んでる生徒が皆に教えてるの。だから型練習かな。とにかくすぐに太極拳を教えてくれないから、まず基本拳っていってカンフーを教えてくれる。そして17時半に夜ご飯。19時~21時まで自主練。就寝は10時くらい。」

 

Y 「週何回するの?」

 

T 「1日8時間動き続けて、木曜日だけ休み。」

 

Y 「Nadiと一緒ですね!(笑) それをどれくらいやったの?!」

 

T 「5ヶ月。その5ヶ月間、椅子に座れなかった。ずっと筋肉痛。」

 

Y 「すごいですね!」

 

T 「そうそう、3ヶ月過ぎたくらいに、カラダの悟りに気づいてさ。キックの練習の時に「あ、なんか今、足すっげー上ってるな!」と思って。カラダが変わった!ってすごく、ビビッて来た時があった。そう思ったのは、マスターがふら~っと僕らの練習見に来た時があって、マスターの心の声が聞こえてきて、『お、TOMI、いいケリするようになったな!』って。口では言ってないんだけど、何か、丹田で話すような。丹田で通じ合ったような。あ、俺、いいケリしてる!って。と同時に、マスターは常にその状態なんだって、その時、めちゃめちゃ気づいたんだよね。」

 

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Y 「なるほど~。」

 

T 「今の太極拳は108式って言って、その3ヶ月半で、型を覚えたんだ。そこはね、寺子屋みたいな感じで、ドネーション制だったりするんだよね。中国では当時まだ貧富の差が激しいから、恵まれない子を両親が届けに来たりしてて、教育受けてない子、字が読めない子がいっぱいいた。でも、そういうやつの方がすごい一生懸命。どんどん変わっていくの。ちびっこにしたら、4ヶ月ってすごい長い時間でしょ。その変化に感動したなあ。

それはNadiでも一緒。皆さん気づいてないかもしれないけど、僕は皆さんが変わっていくのを見るのが楽しみで、いつもそれに感動しているんです。」

 

Y 「TOMIさんにとって、そこが太極拳の魅力なんですね」

 

T 「そうですね。Nadiでは28歳の時に、クラスを開講しました。最初教えるつもりは全くなかったんだけど、自分のわかってる範囲で太極拳を理解してたから、教えれるかなと。最初はジャグリングのために太極拳をしていたけど、最近はそんなこともなくて。別物だけど、どっちも面白くて、通じてる。けど一緒ではない。いまどっちがやりたいか、ではなく、どっちもやりたい。正直あんまり仕事って感覚はないんです。ジャグリングと太極拳をしていたら生きていける。楽しい事してたら生きていけるかな。」

 

Y 「それぞれの楽しい所って?」

 

T 「ジャグリングの楽しい所は、皆が喜んでくれるところ。路上では子どもと一緒の目線だから、超きらっきらの純粋な目が見れる。

太極拳の楽しい所は、皆と一緒にできるところ。自分の修行だと山で1人でも出来るけど、皆と一緒にすることでより理解が深まる感じ。元気のない人は、元気がある人に気をもらう。言葉で表すのは難しいんだけど、周りと動きを合わせる事で雰囲気だったり、気の感じを共有できる。」

 

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Y 「34歳になったばかりですが、これからがもっと楽しみですね!」

 

T 「そうですね。でも、年齢を重ねるんじゃなく、経験を重ねていきたい。タオ(武当山の考え)では年齢を数えないんだ。春夏秋冬で四季は巡るけど、そこに数字をつけていかない(一年目、二年目って)山の仙人に年齢を聞いても、「そんなの数えてない」って言うし。数字はあるけど、年齢を数えない。誰しもが年齢を気にするけど、カラダの衰えと加齢は比例してない。僕は「前より動けてるな」っていつも思う。筋力でカバーしていた頃と比べて、気を使って動いている感じ。太極拳、練習の事を「打つ」とか「練る」と数えるんだけど、打てば打つほど、自分を知る。太極拳が太極拳を教えてくれる。それが太極拳の魅力かな。」

 

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Profile

生年月日: 1982/3/22

クラス名: 【太極拳・カンフー・気功】

好きな食べ物: カレー、タケノコ

座右の銘: 何よりも自由が大切/道法自然/どうすればより長くジャグリングを続けてやれるか。

 

Nadiインタビュー VOL.1 NAOTAKA

2015.10.23 / Category: インタビュー

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Nadiインタビュー VOL.1 NAOTAKA  ×  聞き手:YUKINO(Nadiスタッフ)

 『先生に聞いてみました!』

このコーナーでは、Nadiに所属している先生にインタビューをし、

普段のレッスンではなかなか聞くことのできない、先生の内面や人間性に触れていきます。

第一回目は、トレイルランニングのインストラクターNAOTAKA先生のインタビューです!

 

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いつも穏やかな表情で、どなたでも気さくに受け入れてくれるNAOTAKA先生。

NAOTAKA先生のアウトドアに対する価値観や姿勢を感じる事が出来たとても充実したインタビューとなりました。

 

YUKINO(以下Y) 「NAOTAKA先生って毎週末、大会やレースに参加されているので、いつも走っていてアクティブなイメージがあります。先生がランニングを始めたのはいつ頃からですか?」

 

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NAOTAKA(以下N) 「走り出したのは、実は遅いですよ。30代半ばの時に大津市にある健康健増進施設で働いていました。そこでお客さんに誘われて人生初のフルマラソンにチャレンジしました。最初は楽勝だと思っていたのですが、結果は27kmで足の痛みにより動けなくなり、リタイヤ・・・。それがめちゃめちゃ悔しくて(笑)

自分の身体能力を過信しすぎていましたね。そして、何としても完走してやろうという強いこだわりが生まれたのも、その時からですね。」

 

Y 「マラソン初挑戦のリタイヤという結果が先生のマラソン人生に火をつけたのかもしれないですね。それから、トレイルランニングを始めた経緯も教えてください。」

 

N 「僕自身は、あくまでもトレーニングの一環として山を走っていました。トレイルランニングという名前が普及しだしたのは最近になってからなんですよね。10年ほど前では、「トレイルランニングって何?」って感じで、世間一般にはあまり知られていませんでした。結果的に、それがトレイルだったみたいな感じです(笑)。山に入るのは全然抵抗なくて。」

 

Y 「なるほど・・。自然と山の中に導かれていたのですね(笑)。ところで、先生のご出身はどちらですか?」

 

N 「滋賀県大津市出身で、生まれも育ちも唐崎という町です。比叡山の麓ですね。」

 

Y 「へえ~。じゃあ、自然がたくさんあって、子供のころから活発な運動少年だったのですか?」

 

N 「いえいえ、スポーツはあまり好きではありませんでした。」

 

Y 「え!そうなんですか?意外です!」

 

N 「ええ。スポーツ全般嫌いでしたよ。足は早かったのですが、長い距離も嫌でしたね(笑)団体スポーツも苦手で、サッカーの少年団に入っていたのに、いつの間にかやめたぐらいです。実は、読書と勉強が好きで自他ともに認める優等生君でした(笑)。そして、漫画や映画の世界にも強い興味を持っていました。新しい時代の変化や刺激、ヒロイズムなんかは全部本や映画から吸収していましたね。」

 

Y 「今の、タンクトップに短パンのイメージとはまるで違いますね!(笑)」

 

N 「中学生の時も、バスケットボール部に入っていましたが、そこでもスポーツの楽しさを見出せずにいました。けど、勉強に関しては「常にトップ(1番)でありたい」といった強い想いがありました。自分の興味のある分野ではホント負けず嫌いな一面があります。」

 

Y 「そういう気持ちの部分ってマラソンとかには大事な要素かもしれませんね。現在の先生にも通じるものがあります。」    

 

N 「そうですか?(笑)けど、高校時代は、勉強よりも趣味のほうへ。勉強ばかりだった中学時代の反動ですね。毎日、映画ばかり見ていました。一番好きな映画は「大脱走」。インディ・ジョーンズやスターウォーズが大好きです。当時の将来の夢は映画監督で、スピルバーグやジョージ・ルーカスに憧れていました。そして本気でカリフォルニア州立大学の映画学科に入りたいと思っていました。」

 

Y 「映画監督になりたかったんですね。先生の撮った映画が見てみたいです。(笑)」  

 

N「でも、当時はネット環境も無く、情報が不十分な時代でした。留学の夢は叶わず京都の大学に進学しました。せめて、いっぱい本が読めるように文学部に入りましたけどね。(笑)

そこでは大好きなヘミングウェイという作家に出会えました。彼の作品には、不幸だけど不屈な主人公が多く、とても影響を受けました。最後まで諦めないというか執着心が強いというか、順位や勝ち負けが大事ではなくてそのプロセスが大事なのだと。そして、体育会のヨット部にも所属していました。厳しい上下関係にもまれながらのトレーニングは毎日が我慢でしたけどね(笑)。」

 

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Y 「だんだん、今の先生っぽくなってきましたね。」

 

N 「う~ん。そうですね。この頃からですね。心境の変化というか。スポーツというより大自然の中でするアクティビティの楽しさに目覚めました。ヘミングウェイとヨット。自然に対峙した時、人間はいかに無力なのかを感じていました。」

 

Y「自然との対話を通してスポーツの楽しさを見出せたのですね。そして今の先生ように好きになったらとことん追求する姿勢は不器用だけどかっこいいです(笑)。そういえば、現在お勤めのパタゴニアとの関わりについてお聞きしてもいいですか?NAOTAKAさん=パタゴニアっていうイメージがとても強いんです。」

 

N 「パタゴニアというブランドと出会ったのも大学時代からで、今では25年以上も愛用しています。本当に信頼できる相棒ですね。今や好きすぎて働いていますしね(笑)そしてNadiに参加してからは仕事として山を走ることができるようになり幸せです。」

 

Y 「まさに生活もアウトドア一色ですね!そして、そこまではまり込むトレイルランニングの魅力を教えてください。」

 

N 「大自然の中でできるアクティビティですよね。いろんな季節を感じながらできる。そして場所、時間、季節によってトレイルは変化します。中でも山の稜線をつなぐトレイルなんかは最高ですよ。魅力といっても一言では表現できないですが、自然環境の面、自身の身体面でも、とてもナチュラルにトレイルランニングは楽しむことができると思います。」

 

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Y 「私はマラソンやトレイルランニングとか長距離はあんまり経験したことがありません。レース中は何を考えて走っていますか?」

 

N 「いかにしてゴールするか」ですね。距離が長ければ長いほどペース配分を考える必要があります。順位でもタイムでもなく、どうやって制限時間内に完走するかを大事にしています。身体を使って走り、頭を使って自分をコントロールします。そして、完走する為には何よりも謙虚な気持ちであることが試されます。自分の能力を過信しすぎていないか。そういったエゴを抑える事が何よりも大事です。」

 

Y 「今後のNAOTAKA先生のトレイルランナーとしての目標を教えてください。」

 

N 「年齢を重ねながらも、さらなるパフォーマンスの向上を目指して、自分自身の可能性へのチャレンジを図っていきたいですね。」

 

Y 「応援しています!では最後に、これからクラスを受けてみたい人へのメッセージをお願いします!」

 

N 「とにかくクラスでは自然の中で走る楽しさを感じてもらいたいと思っています。トレイルランニングは、コースに合わせて、自由なペースで走る事ができます。その時々の自然を感じながら身体を動かしてみて下さい。とても気持ちいいですよ。あとは、例えばレースを目指してみるとか。トレイルランニングのレースなんて、敷居が高いと思われがちですが、整備されたトレイルはとても快適に走れるし、きちんとしたエイドステーションがあります。安全面への配慮が行き届いたステージで思い切りトレイルランニングを楽しめると思います。是非、一緒にチャレンジしましょう!」

 

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Profile

生年月日:1970/10/29

クラス名・時間:【金曜日9:00~トレイルランニングorトレッキング】【土曜日7:00~モーニングラン】

好きな食べ物:いちご

座右の銘:The world is a fine place and worth the fighting for [この世界は素晴らしい。戦う価値がある]

 

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